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斉藤一正は、火力タービン・発電機技術部にいる。東芝には設計や製造または営業とも異なる「技術部」と呼ばれる組織が存在する。発電所の計画、受注活動、建設やメンテナンスのためのエンジニアリング、工場・顧客間の窓口業務、ベンダーからの機器購入などを専門とする。多岐にわたる仕事のテーマは、人材と技術を融合させてプロジェクトを成功に導くこと。いわばオーケストラの指揮者のような存在だ。斉藤は海外の発電プラントを手がける。世界各国の電力会社やエンジニアリング会社が取引先だ。顧客とはFace-to-Faceの会議を大切にする。電話やメールよりも理解が早く、信頼関係も築ける。ニーズをじかにつかむという意味もある。

大学のころは、技術系の仕事は機器やコンピュータとつねに向き合っているイメージをもっていたと斉藤はいう。「でもこの部署では、顧客や社内の関係部署やベンダーなどたくさんの人とかかわります。依頼や相談、問い合わせ対応などコミュニケーション業務の時間が多いですね。エンジニアとしての技術の向上はもちろん重要ですが、プレゼンや会議の進行のしかた、簡潔な技術文書の書き方などのビジネススキルも大切になります。日々勉強ですね」。

2007年1月、斉藤はアメリカへ渡った。北米の石炭火力発電所に設置されるタービン発電機の納入契約を成立させるためだ。斉藤は電気技術者として加わった。クラリフィケーションミーティングと呼ばれる会議に出席した。顧客と技術仕様について討議を重ねて、数百ページの英文の合意文書を完成させるのだ。斉藤は顧客からの疑問や要求に対して機器説明や提案根拠の説明をしてゆき、合意点を探った。しかし、ある一点で双方の意思がそろわなかった。平行線のまま1週間が過ぎた。斉藤は窮した。ピンチを救ってくれたのは、日本の仲間だった。会議後に宿泊先から連絡すると、職場の同僚が助言をくれた。設計部署が仕様の専門的なところを教えてくれた。斉藤は仲間のありがたみと心強さに感激した。

ついに交渉はゴールを迎えた。契約書のサインが終わった瞬間、斉藤は思いがけない光景を目にした。拍手が起こった。「東芝が良い製品を作ることは知っている。いっしょにこの仕事を成功させよう」。顧客から握手を求められた。斉藤は振り返る。「あのとき気がついたんです。われわれと顧客はパートナーだと。上下関係じゃない。顧客は値段や性能だけを見ているんじゃないんですね。製品とわれわれを信用して選んでくれたのです。東芝でこの仕事ができることを嬉しく思います」。斉藤は壁を乗り越えて、また一歩エンジニアとして成長した。彼の夢は環境問題の解決に貢献すること。顧客に志を語れるエンジニアになりたいとまっすぐな目をしていう。
*記事は2008年2月作成時のものです。