タイ:パンデミック後のはたらき方事情と、現地でしか見えない課題とは?!
タイ:パンデミック後のはたらき方事情と、現地でしか見えない課題とは?!
2023.1.30
イー・ビー・ソリューションズ株式会社 コンサルティング部
マネージング・コンサルタント 中嶋 宣行
日本でも屋外でのマスクが原則必要なくなり、大型のイベントが開催されるなど、徐々に以前の日常が戻りつつあります。
そんな中、日本国内では新型コロナ第7波のピークをやや過ぎたころ、2022年夏、筆者と弊社コンサルタントが、かねてから延期していた現場でのコンサルティング実施のため、タイに出張しました。
その時のタイの現地やはたらき方のレポートと、今でも現地に行かねば見えてこない課題について考察します。
2022年のタイ:パンデミック後の現地はたらき方事情
1.タイの最新経済動向(タイと日本の比較)
1)基本情報
タイは日本ととても似ている国です。日本と同じく立憲君主制(君主の権力が憲法で規制されている政体)で、独自言語があり国家成立から植民地化されずに独立を保っている国です。
仏教が盛んであることや、米が主食であることも似ていると思います。基礎知識として日本とタイを比較してみます。
外務省サイト:https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/thailand/data.html#section1
※日本の情報で年の記載が無いものは2021年の情報
タイの人口は日本の約半分でGDPは約1/10です。貿易額がGDPの40~50%であり日本に比べると貿易依存度が高い国だと言えます(日本は約13%)。輸出先として日本は3位(9.8%)、輸入元としては2位(13.4%)です(2019年時)。
タイの経済成長率は大洪水の復旧・復興により2012年度が7.3%の成長から2019年までプラス成長が続いています。2020年は新型コロナの影響でマイナス成長(-6.1%)となりましたが、2021年はプラスに転じているようです。
2)タイの企業
中小企業の定義は日本では、業種別に資本金と従業員数で中小企業か否かが分類されます。タイの場合は業種別に従業員数と年間収入(売上?)で分類されているようです。例えば製造業では下表のように違います。
(参考)https://www.pref.aichi.jp/ricchitsusho/gaikoku/report_letter/202203bangkok.pdf
タイ政府中小企業振興庁の調査から、法人登記されていない個人事業主も含めると300万以上の事業主体があるそうです。日本に比べて人口が約半分、GDPが1/10でありながら事業主体数は日本とほぼ同等です(日本は約360万社)。
また、中小~零細企業が事業主体数の約99%を占めています。中小~零細企業数は2015年頃から増加傾向にあり、コロナ禍でも増えています。このことから、私はコロナ不況に立ち向かうタイの経済としての強さを感じます。
3)まだまだ日本がタイへの最大投資国(タイと日本の関係)
ジェトロによると2020年次に活動が確認されている在タイ日本企業は5856社(*1)あるそうです。
(*1)https://www.jetro.go.jp/view_interface.php?blockId=31695433
タイの大企業は、99%の中小~零細企業をのぞくと、およそ全体の1%程度、約3万社と考えられます。このうち約8%(日本企業5856社のうち大企業は2,479社、中小企業は2,021社)は日本企業であると考えられます。ただし、上記の大企業/中小企業の区分は日本の基準(資本金・従業員数)のため、タイの売上規模基準で見た場合は割合が変わる可能性があります。2021年度のタイにおける日本企業の売上高は約4兆THB(1299億ドル)(*2)というデータもあり、これはタイのGDPの26%に相当します。
(*2)https://www.jetro.go.jp/biznews/2022/07/437ce22632fa50b4.html
2.2022年夏・タイ現地のようす
2.1 コロナ前と変わらぬバンコクの様子
空港から出てタクシー乗り場に移動すると暑く湿度の高い空気に囲まれ、「またタイに来た」と強く感じました。最後にタイに出張したのは2015年なので正確には7年ぶりです。
個人の感想ですが結論から言うと「目に見える大きな変化はない」でした。考えてみれば日本でも同じかもしれません。バンコク市内はたしかにきれいなショッピングモールがあり、部分的には新しい建物や改築されているところがありました。
反面、多くの屋台や雑然とした路地の雰囲気は変わりません。悲しいか少ないながら物乞いをする人もいるところも以前と変わらない様子です。
(写真右)活気あふれる屋台村(著者撮影)
2.2 コロナ後のバンコク交通事情
バンコク市内や高速道路の常態的な交通渋滞も、コロナで少しは落ち着くかと思いもしましたが、相変わらずでした。朝晩の通勤時間帯はもちろん、メインストリートの一つであるスクンビット通りは昼夜を問わずに渋滞しています。
移動は通勤時間をさけたほうが良く、特にスコールが有った場合は現地時間の午後5時に出張先を出てバンコク市内に向かうと、渋滞に巻き込まれて2~3時間かかる場合もありました。
専門家ではないのであくまでも印象ですが、渋滞が常態化している理由として、①経済活動の場所が首都などに一極集中しているため人も集中する、②鉄道システムが不十分で通勤に車を利用する人が多い、③幹線道路が不足しているなどではないかと推測されます。
走っている車の種類を見ていると日本車割合は高い印象です。日本ではあまり見ない、錆びて汚れたピックアップトラックをよく見かけましたが、道具として車冥利に尽きるだろうなと感心していました。
(写真右)市内の交通渋滞(著者撮影)
2.3 タイのマスク事情
これは全く失礼かもしれませんが、日本のようにほとんどのタイ人の方々が外でマスクをしていたことに驚きました。率直に言えば何事もマイペンライ(問題ない、大丈夫)なタイの方々は、新型コロナウィルス対策も気にしていないのではないかと考えていました。
まして日本より年中暑い国なのでマスクは苦痛でもあると考えられます。反面、西洋系やアラブ系、インド系の旅行者の方々はほぼマスクをしていませんでした。
ショッピングモールなどの出入り口には体温測定や手のアルコール消毒器がほとんど設置されていました。タクシーでうっかりマスクをしていないと注意されたくらいです。
(写真右)お寺の中ではみなマスク(著者撮影)
2.4 タイのリモートワーク事情
タイでは新型コロナウィルスの影響で2020年3月ごろから学校閉鎖や、商業・娯楽施設の閉鎖、外国人の入国制限など国内状況が大きく変わり、3月26日には非常事態宣言が発令されました。これによりタイ政府が企業にリモートワークを要請し、多くの企業がリモートワーク(在宅勤務)の導入を進めているようです。リーラコーエン・タイランド社のアンケートによると、在宅勤務を導入しているのは製造業で16%ほど、非製造業で54%という結果のようです。
(出典:https://hrnote.jp/contents/reeracoen-covit-200410/)
リーラコーエン・タイランド社のアンケート内訳をみると在宅勤務をしているのは営業や経理/財務といったいわゆるデスクワーカーであり、日本と変わらないと考えられます。実際、筆者が訪問したお客様の会社では、管理部門の事務所にはほとんど人がいませんでした。上記の通り、多くの方がリモートワークをしているとのことでした。
タイはWiFiなどのネットワークインフラが不十分でリモートワークが進まないのではないかと思われる方もいるかもしれません。実態は少なくとも首都バンコクではほとんどのエリアで5G通信が可能であり、日本と同等かそれ以上と考えられます。タイの通信キャリアの大手3社(AIS、TRUE、Dtac)は5G通信サービスを開始しており、40GB~50GBの通信容量制限がある場合でも月額500~700バーツ(2000~3000円)程度のようです(2022年時点)。出張しても日本国内とリモート会議がある方は5G通信サービスを利用するほうが良いと考えられます。
また、コワーキングスペースも多くあり年間4000円(!)で利用できるスペースもあるようです。ノマドワーカー(ノートPCやスマホを使いコワーキングスペースを利用して働く人)向けの施設も通信環境も多く、タイ観光庁もワーケーション(Workation)を支援しているとのこと。
2.5 コロナ禍でもタイで働く日本人
筆者の知り合いでタイの日本現法で勤務していて、その後タイのローカル企業に就職された方がいます。出張前に連絡を取らせていただき、タイでの仕事事情についてお話を伺う機会に恵まれました。
その方のお話では、コロナ禍ではレストランなどが利用できなくなったが、もともとタイでは夕食などをテイクアウトするのが普通だったため、生活面の変化は少なかったようです。仕事内容はこれまでのキャリアを尊重されて対外的には日本企業相手の営業活動、社内向けに技術支援や人材教育を担当されていました。営業面では顧客の日本企業側担当者もリモートワークが多くなり、対面が難しくなり苦労したとのことでした。ただ日本人同士のネットワークがあり状況はお互い様ということでつながりが途切れることは無かったようです。技術・教育面は製造を担当している技術者や作業者が対象であり、出社して実際に進捗や現場の様子を見て作業者とコミュニケーションを取る場合がありました。比較的若手が多いこともあり、報告を受けるだけで済ませていると思いもよらない状況になっている場合があり(当人に悪気がなくても)、安全面も含めてチェックするために現場に足を運ぶようにしていたということでした。また、タイで5S(*)などの考え方をどのように教育するべきか苦労されているとのことでした。
(*: 整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)
3.海外現場にいかなければ見えてこない課題とは?
前述のとおり、タイでもリモートワークができるほどネットワーク環境が良くなり、日本からでも、Microsoft TeamsやZoomなどでWeb会議ができるようになっています。またコロナ禍でも、日本から出張できない期間がありましたが、Web会議やシステムインフラのクラウド活用などで、居場所に依存しない働き方ができるようになっています。
そういった中でも渡航費をかけて、海外現地に行かねば見えない課題とはなんでしょうか?今回の出張で、改めて自問してみました。大きくは3つあると考えられます。
①技術水準や文化的な違いの解決
日本国内で仕事をしている時もリモート会議やメールなどで何度もやり取りし何日もかかっている懸案が、対面で会って会話したことで一気に解決した経験はないでしょうか。ましてや海外とのやり取りでは言語の他、技術水準の違い、文化的な違いによる理解度の差異などから思ったように仕事が進まない場合があります。この障害を乗り越えるために詳細な手順書を作成するという方法がありますが、言葉は万能ではありません。受け取る側の素地によって正しく伝わらない場合も多くあります。「背中を見て仕事を覚える」という言葉は職人仕事の悪しき習慣のように言われる場合が多いですが、言葉以外にも行動によってでしか伝わらないことがあるものです。
筆者の今回の出張目的の一つは、IoTシステムにおけるクライアント端末からの操作により起きるサーバ上のアプリ不具合の調査でした。クライアント端末の操作は現地メンバーに依頼するしかありませんでしたが、原因を切り分けるためにクライアント端末の管理を厳密にする必要がありました。現地に行くことで伝えきれなかったトラブルシューティングの考え方を理解してもらうことができ、短期間で満足できるテストを完了させることができました。
②プロジェクトを円滑に進めるためのコミュニケーション
読者の皆さんはご自身が現場に居たとして、新しいプロジェクトマネージャーが一度も現地に顔を出さず進捗管理や課題管理をしていたらどう思われるでしょうか。おそらく現地の状況を見ずにタスクの遅れを指摘してきたら、大変不愉快な気持ちになり協力する気も失せるでしょう。もしプロジェクトマネジメントがリモートワークで成立するならば、プロジェクトマネジメントは将来AIに取って代わられると断言できます。①に記載した技術的面の他に、プロジェクトメンバーの気持ちや姿勢が時にプロジェクト推進を阻害する場合があります。メンバーに直接会って人となりを理解し合うことも円滑なプロジェクト推進には有効です。
タイメンバーとのコミュニケーション言語は英語ですが、タイメンバーも英語ネイティブではないため、プロジェクト開始時はコミュニケーションを心配していました。現地に行き自分の人となりを理解してもらうことで、その後のやり取りをスムーズにすることができました。
③現場に対する理解のギャップを埋める
今回のコンサルティング業務のお客様は製造業でした。製造現場で利用するシステムであり事前に生産計画やタクトタイム、製造プロセスに関する情報は入手し理解していました。筆者は小さな物は半導体製造のナノからミリ単位の世界から、携帯電話やパソコンなどの小型製品、家電製品や配電盤などの中型製品、電車や発電プラントなどの大型製品などの生産にかかわってきており、お客様の製品特性からどのような生産が行われているか想像ができます。それでも実際にシステムが使われる環境を資料だけではなく、視覚や聴覚から理解しなければお客様に良いご提案はできないと考えています。たとえば今回でも、クライアント端末を操作する人の動線や周囲にある機器の配置、距離、作業エリアなどは現地に行って初めて理解することができました。同じ情景を見て理解することにより、お客様と対等に会話することができ、これにより信頼関係の構築や適切な提案を行うことができるようになります。
4.我々ができること
いま日本も工場が少なくなり、文化として工場内の所作を知る人が減りつつあるのではないかと思っています。もちろん時代とともに変えるべきことと、普遍的で継続すべきことを分けて考える必要があります。
また、国や地域による違いによって教える方法が変わると考えます。筆者としてはEBSSとして、また自身のキャリアと中小企業診断士という資格を持つものとしてビジネスニーズに応える何かができないかと考える機会となりました。
課題はあるものの、SkypeやMicrosoft Teamsを利用したリモート教育や座学演習、リモート現地調査などは可能と考えられます。また弊社はグローバルプロジェクトマネジメントの実績が多数あります。反面、対面による業務の有効性もあり、対面とリモートのバランスが取れたサービスが今後可能になっていくと考えられます。2022年時点で円安が進んでおりますが、日本人が提供するサービスの価値が下がっているわけではありません。当社のコンサルティングサービスも海外に「輸出」して利用いただく良い機会であると思われます。
一方で2022年から2023年にかけて世界的に経済環境は厳しさを増しております。経営者は目標に向けて戦略をたてて、人・モノ・カネという会社資産を最大限に活用して付加価値を生み出し、対価として利益を生み出していかなければなりません。当社のサービスも利益に結び付くものであることを明示し、実際に利益に結び付くものにしていく必要があります。タイ訪問の過程でいただいたご意見から当社のサービスも進化させていく必要を感じました。
5.まとめ
タイへの出張機会に恵まれ、シンプルに印象をコラムとしてまとめさせていただきました。約10年ぶりのタイ訪問でしたが、よくも悪くも目に見える変化は少ないというのが印象です。 またタイにおいて弊社として、もしくは自分自身として何かできないかと考える機会にもなりました。次回はタイのDX事情について報告します。
(写真右)出国ゲート通過後にある見事な彫像(著者撮影)
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